『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈
2024.07.29
いま話題の小説、『成瀬は天下を取りにいく』を読んだ。
最近はちょっと難しめな純文学や、分厚い翻訳物のビジネス書を読むことが多かったので、ちょっと息抜き的に、ささっと読める本を読みたくなった。重めの読書の休憩に軽めの読書をする気持ちは、活字中毒の人なら分かってもらえる気がする。
本の内容はというと、成瀬という主人公が、営業を停止する予定の西武百貨店に夏の間中通い詰める、といきなり友人に宣言するところから始まる。その後、成瀬が他人の目も気にせずに、様々なことにチャレンジしていく姿を描くというのがストーリーのメインとなる。
一読すると、「やりたいと思ったことは、何でもやってみよう」というテーマの本なのかなと思った。だけど、この本から私が受け取ったのはそれだけではなかった。私はこの本から「子供から大人への成長とその痛み」みたいなものを読み取ってしまった。
作中で、成瀬が挑戦すると宣言することは、達成されないまま終わってしまうことも多い。ある程度の気が済んだら、やめてしまったりするのだった。M-1グランプリに出て、笑いの天下を取ることも、髪を坊主にして3年間切らないことも。
もちろん全て達成できていないわけではなく、冒頭の夏の西武百貨店通いを含めて、いくつかは達成されてはいる。
成瀬自身、色んな挑戦の種を蒔いておいて、全部咲かなくてもその内のどれかが花が咲けば良いのだ、と考えているので、失敗が多いのはまあ良い。
だが、物語の後半、これまで成瀬の挑戦を温かく見守ってくれていた友人が、成瀬のやることは中途半端じゃんと指摘する場面がある。私はこの物語の最も重要な場面がここだと思った。
これまで成瀬は自分がやりたいと思ったことをやってみること、そしてある程度の気が済んだらやめることに、何の疑問も持っていない。
子供の頃から勉強も運動も人並み以上にできてしまった成瀬は、周りから疎まれて、一人になることが多かったという。だからこそ、他人からの声が耳に入りずらく、もし入ったとしても、深い関係性のない他人からの意見は、成瀬にそこまで響かなかったのではないだろうか。
だが、今回の指摘は違う。幼い頃から一番自分の身近にいて、挑戦を見守ってくれていた友人からの言葉なのだ。成瀬自身はたくさん種を蒔いているつもりでも、他人にとっては単なる中途半端にしか映らないことを成瀬はここで痛感したのだと思う。
自分は何でもできると思うのは良いが、それだけだとただの無知な子供と変わらないのではないかと私は思う。
自分だけの視点で物事を考えるのではなく、他者の視点や意見も取り入れながら、それでもなお行動するのか、それとも、自分には何もできないと諦めて行動しないのか。
そこに始めて、決断の問題や、勇気の問題が発生し、それらと向き合ってこそ、大人になったと言えるのではないだろうか。
成瀬も友人の言葉をきっかけに、子供時代を抜けて、大人になり始めているのだ。その証拠に、その指摘によって友人との心の距離を感じてしまった成瀬に、これまであまり付き合いの深くなかった大人が助言する場面では、そのアドバイスを素直に聞き入れて、即座に実行する成瀬がいる。その成長こそ、この小説が描きたいことなのではないかと私は思った。
成瀬はこれから、多くの場面で挫折を味わったり、中途半端だと指摘されたりするのだろう。
それでもなお、「天下を取りにいく」と言って欲しい。そんな大人の強さを持った成瀬が見てみたい、と私は思った。