2024・07・19

『ええい、ままよ』日記チャレンジ1日目

どうやったら話が上手くなるだろうと考えていて(ずっと考えているのだが)、吉本の養成所に入ってみようかしら、打ち合わせを録画して後から見返してみようかしら、などと頭を巡らせているのだが、なかなかいいアイデアが湧かない。

何度も挑戦してみては、華麗なる撤退を繰り返してる「日記」にまたもや挑んでみて、思っていることを言葉にする訓練をしよう、と、私特有のいつものノリと勢いでこの文章を書いている。

書きたいことは特にないが、いつも一人でくだらないこと(人生の意味とか、人間の幸福とか)を考えているわけだから、そういう思想もぶっちゃけて書いてみるのも良さそうだ。

なんたって、この日記は誰にも見られることはないのだから。

まあ、また三日坊主になることは目に見えている。怖がらず書いてみるのだ。迷わずいけよ。

まずは文体を決めねばならない。文章にとって一番重要なのは文体である、というようなことを三島御大が言っておられた気がする。

まずは私の好きな三島由紀夫、村上龍、森見登美彦、平野啓一郎の文体を目指して、文章を書いてみようとするのである。(なんと堅い文章になりそうなラインナップ……。できるだけ森見に寄せよう)

そして、日記を書くからには、自分なりの書くときに気をつけるルールを立ててみよう。

まず、嘘はつかないこと。どういうことか。仕事が疲れた時は、取引相手が見ているという可能性を無視して、あ〜仕事疲れたと書くこととするのだ。できるかな。

そして、思ったことをできるだけ長く書いてみる。なんと言っても私の悪いところは、良い映画を見ても、良い小説を読んでも、あー面白かった、の一言で済ましてしまうということにあるのだ。

これでは会話上手もあったものではない。

話が長くなっても良い。思ったことは一つ一つ言葉にして、自分の感情に名前をつけてあげよう。

なんとここは私の独り言のために、底なしのインターネットが、不必要に広く空けておいてくれたスペースなのであるから、駄文を連ねても誰も文句は言うまい。

最後に、この文章は見返さないこと。後から見返すと、恥ずかしさが込み上げてくるに決まっている。パンツを脱いで、自分の恥ずかしい部分と向き合うことが創作の上で重要と聞いたことがある。恥だろうがなんだろうが、思ったことを書いてみよう。恥をどれだけ垂れ流しても、誰も見ないのであれば、恥などもともと存在しないのだ、たぶん。

よし、まずはこれらのルールを守って書いてみよう。

いま私の机の上には、さっきまで読んでいた三島由紀夫の『美しい星』という本がある。

先ほど、冒頭数ページほど読んでみたのだが、三島唯一のエンタメSF小説とあって、実に軽快な文章なのだけれども、その中にも煌びやかな言葉が散見し、あ、こりゃすごい、と思わせてくれる。

文章上達・会話上手になるには、誠に遠き道である。

まずは1歩。7/19(金)深夜2時の日記。

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